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2008.7.18

◆ No.204 ナノ材料の毒性試験法

ハーバード-MITブロード研究所とマサチューセッツ総合病院の研究者達は2008年5月27日号のアメリカ科学アカデミー紀要に「ナノ材料の生物学的作用に関する摂動的プロフィール分析」という論文を発表しました。「摂動的」(perturbational)という言葉は余り聞きなれませんが、ある天体の運動が他の天体から受ける引力によって乱れることを示す古典力学の用語に発し、「複雑な作用を近似的に解く」という意味です。
多数のナノ材料について、4種類のヒトやマウスの細胞株の代謝に対する作用を「ATP濃度」「還元能力」「ミトコンドリアの呼吸能」「アポトーシス(プログラム化された細胞死)」を指標にして調べ、試験成績の全体像から危険なナノ材料を割り出そうとしたのがその研究です。ナノ粒子と量子ドットで合計50種類のナノ材料を試験し、それらが3つの群に分かれることを知りました。そしてそれぞれの群の代表的な化合物についてマウスに対する毒性試験を行なったところ、培養細胞での試験成績と動物への毒性との間には整合性が認められました。したがって、この試験方法はナノ材料の毒性を見分けるために有用で、しかもハイスループット(多数の検体を調べる)試験が可能なので、この方法によってナノ材料の毒性の摂動的プロフィール分析ができるだろうとしています。
ハイスループットの試験のために医薬品スクリーニングに開発されたロボットシステムとデータ解析の手法が採用されています。

ナノ材料の作用をハイスループットで調べ、毒性的なふるまいをデータマイニング的に全体像として文脈的に捉える試験方法ですが、こういった方法をとらなければならないということは、裏を返せば、ナノ材料によるハザードは、細胞の生き死にといった単純な毒性試験では予測できないのだということを物語っています。

今後、ナノ材料が幅広く社会に浸透していくことにあわせて、そのハザードを正確に理解し、研究者、産業現場、消費者がそれを共有することがますます大事になります。今回の研究はその一里塚としての評価を得ているようですが、詳細については以下−解説記事全訳−をご参照ください。(I)

csb.mgh.harvard.edu/data/admin/publications/1156_0802878105v1.pdf

−解説記事全訳−
ナノ材料の毒性試験 −危険性を判別するための簡便法−
著者:アレキサンドラ・M・ゴホー
掲載誌:MIT Technology Review2008年6月5日号
    http://www.technologyreview.com/Nanotech/20861/

一部のナノ材料の持つ潜在的な毒性への懸念が高まる中、有害性を予測するための補助手段となる高速スクリーニング法が考案された。ナノテクノロジーを利用した製品は、日焼け止めや化粧品から、塗料や自動車のバンパーに至るまで幅広く開発され、何百種類もが使われている。また、後続の製品も次々現れようとしている。しかしながら、ナノ材料の安全性評価に関する研究はまだまだ不十分である。その結果、ナノスケールの材料のヒトの健康への影響について更なる系統的な点検が科学者やポリシーメーカーから求められるようになっている。

工業的に作られるナノ材料は、その化学組成、サイズ、コーティングなどに大きな幅があり、そのことが毒性試験を困難なものにしてきた。動物を用いた試験はコスト高である上に手間がかかる。一方、培養細胞による試験は有益な情報が得られる可能性はあるが、細胞の種類によって同じナノ材料への応答性に差が生じることが起こりうる。

「未来ナノテクノロジー・プロジェクト」への主任科学アドバイザーを務めているWoodrow Wilson研究所のメイナード博士は「ナノ材料はまったく複雑で、一、二の試験を実施するだけでは何かを見落とすことになる」と述べている。その上、細胞レベルの実験成績と動物レベルの実験成績はしばしば食い違う。

この難問に対応すべく、マサチューセッツ総合病院の化学生物学者(chemical biologist)のショウ博士とハーバード‐MITブロード研究所の同僚は、ハイスループットのスクリーニング(篩い分け)法を考案した。がん研究では、遺伝子発現のパターンで異なったタイプのがんを分類する方法が開発されているが、それをヒントに、ショウ博士らのグループは異なった多数のナノ材料を調べ、その毒性発現によって化合物を群別することができるツールを開発しようと考えた。

概念実証のために、医療領域でイメージングに使われているものを中心に50種類のナノ微粒子を試験した。その大半は鉄ベースの粒子で、量子ドットも数種類試験した。また、化学コーティングについても変化を持たせた。

マウスの免疫細胞1種類、ヒト血管細胞2種類、ヒト肝細胞1種類の合計4種類の細胞への作用を4レベルの検体濃度で調べた。医薬品のスクリーニングに使われているロボット・システムと類似したシステムで、数百穴のプレートの小さなウェルにさまざまな組み合わせでナノ粒子を分注し、ウェル1個あたり1種の細胞を接種した。ナノ粒子によって起こる代謝変化を検出し、コンピュータでデータ解析し、異なったナノ粒子間の関係を解析した。

ショウ博士は、「われわれはこれらの材料が、幅広く変化を持たせたコンテクストの中で、どのような振る舞いをするかを見極めようとしている。これにより、特定の細胞タイプの特異な性格に頼ることを避けることができる」と解説している。この試験では、異なったタイプの細胞をさまざまなコンテクストで使うことで、化合物を型別化することができた。ショウ博士の研究グループは、3つのナノ粒子についてマウスへの毒性を調べ、細胞レベルの効果と動物レベルの効果とが整合することを明らかにした。

アメリカ科学アカデミー紀要に公表されたこの新しいスクリーニング手法は、一連のナノ粒子のうち、動物を使って毒性を調べるべきものを選別する補助手段となると思われる。ショウ博士は、研究者がナノ粒子をさまざまな目的で開発するとき、よりリスクの少ない用途に注力する助けとなるとも指摘する。

この研究は限られた範囲の化合物で行なわれたものであるが、他の材料に対しても適用できるだろうと汎用性があることをメイナード博士は指摘し、同時に次のように述べている。「さまざまなタイプのカーボンナノチューブとさまざまな構造の材料を含む幅広いナノ材料にこの方法が適用できることが示されて初めてこの技法の真価が証明されることになるだろう」と。最近、ある種のカーボンナノチューブがアスベスト様の作用を示すことが示唆された。したがって、ハザードが疑われたタイプの材料以外であれば危険が少ないのだということが証明されれば非常に興味深いとショウ博士は述べている。さらに、今回の研究では、イメージング用に静脈注射したときにナノ粒子が出会うであろう細胞のタイプしか用いていないが、他のタイプの細胞も使うことができるとしている。つまり、例えば空中から吸い込まれるような粒子の場合は、タイプの異なる肺の細胞を使うことができる。

しかしながら、メイナード博士は、このシステムで粒子の肺の細胞への効果を調べることは話しをややこしくする可能性があると注意を喚起している。なぜかというと、今回の試験で使ったイメージング粒子は水とよく混ざり、体内を循環するように設計されたものである。細胞を空中浮遊型粒子に暴露する方法については良い考えが思いつかない。このような課題はあるものの、この研究はナノ材料の毒性を評価するための新しいパラダイムを提供するであるとの認識を、メイナード博士は示している。

ニューヨーク環境防衛基金の主任健康学者のバルバス博士は、「これと類似した注意深く設計された研究がもっと行なわれる必要がある。このようなハイスループット(多検体処理)の研究が行われてデータが蓄積され始めると、ナノ材料の生物学的な効果の真の姿が理解されるようになるであろう」と楽観的な見解を示している。

  


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